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語り継ぎたい逸話

本田財団設立のきっかけとなったディスカバリーズ国際シンポジウムと本田賞の創設

社会における自動車のあり方、交通社会の現状と将来のあり方をテーマとし、自由に討議・研究する場として発足した国際交通安全学会(IATTS)。その活動を世界に広く発信すべきだとして、1976年に「ディスカバリーズ(DISCOVERIES*)」と銘打たれた国際シンポジウムが開催されました。

その反響は想像以上に大きく、とりわけ文明論的、学術的なアプローチが高い評価を得て、継続的にシンポジウムを開いていくべきとの機運が高まりました。そして1977年、ディスカバリーズの運営母体として、本田財団は設立されたのです。

以下に引用するのは財団活動の根幹となる3つの取り組みが規定された『ディスカバリーズ宣言』です。この宣言をもって本田賞が設定されました。「ディスカバリーズ国際シンポジウム ストックホルム1979」で発表された文章の端々には、設立前夜の熱気を感じることができます。

*Definition and Identification Studies on Conveyance of Values, Effects and Risks Inherent in Environmental Synthesis. 環境全体において、人間活動に何が本質的問題かを発見する──という意味の英文の頭文字を取ったもの。

ディスカバリーズ宣言

1979年8月17日 ストックホルム

人間尊重の文明を創造することは、今日、われわれ全人類にとっての大きな願望であります。それは、現代に生きる多くの知識人、とりわけ科学技術にたずさわる人々の相互協力によって、はじめて可能になり得るものであります。
本田財団によるディスカバリーズ国際シンポジウムは、こうした理念をもとに、東京にはじまり、文明のふる里ローマ、文化の都パリ、そして学術と科学の薫り高いストックホルムへと引きつがれてまいりました。
われわれは、これまでの国際シンポジウムにおいて、現代文明に内在するものと考えられるカタストロフィーについて討論し、人類が早晩直面するであろうメガクライシスへの認識を深め、これに対処するための"インフォメーション"と"コミュニケーション"という、人間活動にとっての最も基本的な課題について、総合的な検討を行ってきたのであります。
われわれのディスカバリーズ活動の目標は、現代の技術文明が直面している真の問題を見極め、それらに取り組むための方法論を見出し、ついで、この任務を果たすために人間の英知を結集する舞台をつくることであります。
このため我々は次の三つの活動をはじめることを宣言いたます。

1.エコ・テクノロジー確立のための国際的技術協力の推進

人間社会に真に役立つテクノロジーを確立することを目的としています。
エコ・テクノロジーの概念はエコロジーとテクノロジーの調和をはかるものであり、適合技術(アプロプリエート・テクノロジー)をも含むものであります。

2.本田賞の設定

エコ・テクノロジーの分野で顕著な業績をあげた方に贈呈いたします。
原則として年間1名、副賞として賞金1,000万円。

3.ディスカバリーズ国際シンポジウムの継続

エコ・テクノロジーの分野に関連し、今後も必要に応じ、国際シンポジウムを開催いたします。


「今の私はディスカバリーズ学に魅せられている」

本田財団が設立される1年前、1976年に「ディスカバリーズ(DISCOVERIES)」と銘打たれた国際シンポジウムが東京で開催されました。
参加した誰もが、現代文明において何が本質的な問題であるか、その問題を克服するためにどのような技術や価値観、精神が求められているのか、より大きな観点からのアプローチが必要であることを痛感した会でした。
なかでも最も大きなインパクトを感じたのは本田宗一郎自身でした。ディスカバリーズは、宗一郎が思い至った現代の機械文明に欠けている諸問題を発見し、解決の糸口を見出す場としての意味がありました。
「今の私はディスカバリーズ学に魅せられている。それは、世界平和を指向した実践的学問であるからである。私は国境を越えて、人間の英知を結集し、世界平和をめざして、われわれの機械文明をより人間のために蘇らせるステージづくりに、情熱を注ぐことになった次第である。」
この体験をきっかけとして、宗一郎は従来の効率と利益のみを追求する技術ではなく、人間活動をとりまく環境全体と調和を図った真の技術、つまり新しい実践的工学概念を提唱し、広める運営体の必要性を感じました。これが本田財団設立のきっかけとなったのです。

コラム2
国際シンポジウム1977ローマで記者会見の臨む本田宗一郎(写真左)


「作行会」という、もう一つの絆

産業界では傑出した存在であった本田宗一郎と財団活動を支える学界とを結びつける縁となったのが、「作行会」の取り組みでした。これは宗一郎と藤沢武夫*が、薄給に耐える若き研究者への助成を行う基金として私費で1961年に財団法人として設立したものでした。
「作行会」の最大の特長は、基金を利用する学生に対して、誰が支給しているかを知らせてはならない、としたことでした。設立以来、「作行会」は国内の有望な若手研究者に匿名で奨学金を送り続け、そこから大勢の科学技術分野のリーダーを輩出しました。1983年にその役割を終えるまでに、延べ1735人が対象となりました。
この会からの助成金を受け取った研究者の1人には宇宙飛行士の毛利衛氏もいますが、数多くの研究者が知らず知らずに「作行会」を通じて本田宗一郎や藤沢武夫との縁を結び、後に学際的な活動を掲げる本田財団との間に様々な絆を生み出していくこととなりました。
また、こうした「作行会」の精神は本田財団に引き継がれ、21世紀に入り「Y-E-S奨励賞」として、より国際的に展開することになり、世界の未来を築くアジアの若き科学技術者たちに夢を託す事業として発展を遂げています。

コラム3
*本田宗一郎とともに副社長として本田技研工業の経営を担い、同社を世界的な企業に育て上げた。


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