(財)本田財団(設立者:本田宗一郎・弁二郎兄弟、理事長:川島廣守)は2010年の本田賞※1を、神経科学を基に、心、脳、身体の関係性に関する研究で先駆的役割を果たした米国南カリフォルニア大学教授のアントニオ・ダマジオ博士(Antonio Damasio)に授与することを決定しました。同博士は31回目の本田賞受賞者となります。
脳は、高性能なスーパーコンピューター数台を連結することにより可能となるような計算を、わずかなエネルギーで瞬時になしえることからエコテクノロジー※2の究極の存在ともいえます。心、脳、身体の関係性に関する神経科学の研究は、仮説を立てて検証することを繰り返しながら前進していますが、難易度が高く、最先端の現代科学を持ってしても未解明、未検証の部分が多々存在する分野です。
ダマジオ博士は、早くからこれら未解明部分の研究に着手。情動と感情が意思決定の中核をなすという「ソマティック(身体)・マーカー仮説」を提唱し、そのソマティック・マーカー機能が、過去の経験から情動に関連する理由を導き、価値を与えるとしました。言い換えれば、人間の脳は高速かつ一部無意識な計算をしつつ、身体と情動のマーカー信号を使って知的判断を下し、過去に習得した知識に適合しているかを確認しているとするものです。
ダマジオ博士は、前頭前野や扁桃体など情動に関連する脳領域を損傷した患者が、情動的に対応できず、判断の欠如や不適切な社会的行動を招くことを発見。この臨床研究から構築した理論を、認知神経科学における脳機能イメージング実験などを活用して検証してきました。博士が示した、脳の島皮質は情動や感情を導く皮質プラットフォームであるという仮説は広く認識されており、情動に関する研究は、心や意識の構成に関連する研究課題の解決にも応用されています。
心の解析が哲学から科学へと移行する中で、ダマジオ博士の研究はその最先端を進んでいます。博士の業績に触発された多くの専門家によって、哲学、神経心理学、認知科学、精神医学、生物学、経済学、教育、美術等の幅広い分野が融合され、心と脳と身体の研究に関する新しい潮流が形成されつつあります。将来はこれらの研究が土台となり、社会的行動の解明の他うつ病や精神障害などの治療にもつながることが期待されています。なお、夫人のハナ・ダマジオ博士(Hanna Damasio)は共同研究者であり脳の画像化の専門家でもあります。
ダマジオ博士の壮大かつ独創的な手法と知的チャレンジ、そして視覚や聴覚と同様に情動を理解することを可能にし、脳や心の研究の深化や知識社会の形成に貢献したことは、エコテクノロジーの具現化の一例であり、本田賞にふさわしいものと考えます。
第31回本田賞授与式は、2010年11月17日に東京の帝国ホテルで開催され、副賞として1,000万円がダマジオ博士に贈呈されました。
※1 本田賞(Honda Prize):1980年に創設された科学技術分野の国際賞。米国の国際著名褒賞会議(International Congress of Distinguished Awards)により世界最重要賞の一つに選ばれている。
※2 エコテクノロジー(Ecotechnology):文明全体をも含む自然界をイメージしたEcology(生態学)とTechnology(科学技術)を組み合わせた造語。人と技術の共存を意味し、人類社会に求められる新たな技術概念として1979年に本田財団が提唱。
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