※受賞者・ご来賓の所属・役職・プロフィール内容は受賞当時のものです。
2026年本田賞 業績解説
重度難聴克服への挑戦
私たちはどのように音を“聴いて“いるのでしょうか。音は空気の振動として耳に入り、鼓膜を震わせ、その振動は内耳にある小さな骨(耳小骨)を経て内耳のカタツムリ状の器官「蝸牛」に伝わります。蝸牛内の「有毛細胞」は、この振動を電気信号へ変換して聴神経に送り、さらに脳に届いてはじめて、私たちは「音が聴こえた」と認識します。
しかし、この蝸牛の有毛細胞に損傷があったり正常に発達していない場合、音を電気信号に変換できず、補聴器や一般の内耳手術では改善が困難な難聴の原因となっています。
人工内耳は、この課題に対処するために開発されました。人工内耳は、マイクで拾った音を電気信号に変換し、蝸牛内に挿入した電極から聴神経を直接刺激することで、脳へ音の情報を伝えます。1950年代末に米国のウィリアム・ハウス博士が開発した「単チャンネル型人工内耳」は、音を感じるものの、言葉として十分に聞き分けることは困難で、話し手の唇を読む「読話」の補助にとどまり、人工内耳を装着する患者も限られていました。
音の高さを聞き分ける“多チャンネル化”
1970年代に多チャンネル型人工内耳が開発されたことにより大きな飛躍がもたらされました。オーストリア・ウイーン工科大学のインゲボルグ・ホフマイヤー博士は電気工学の立場から、オーストラリア・メルボルン大学のグレアム・クラーク教授は医学と神経生理学の立場から、両氏はそれぞれ独立して研究を進め、蝸牛の異なる領域に別の周波数の音を伝達できる多チャンネル型人工内耳を開発しました。ホフマイヤー博士は1977年12月に、クラーク教授は1978年8月に、それぞれ初めて患者への埋め込みに成功しました。両氏が確立した試作装置の基本設計は、現在の多くの人工内耳へ受け継がれており、重度難聴者にとっての可能性を切り拓き、多くの人々が会話を理解し、より効果的にコミュニケーションを取ることを可能にし、音の世界により深く関わることができるようになりました。
その後、両氏はその革新的な成果を研究室から臨床現場へと導く上で重要な役割を果たしました。クラーク教授はオーストラリア政府の支援により、産業界と連携して研究成果の実用化を進め、Nucleus(ニュークレアス) グループの一部門として設立されたCochlear(コクレア)社と連携して人工内耳の開発を進めました。一方、ホフマイヤー博士と夫のアーウィン教授は、人工内耳を更に進化させるためにMED-EL(メドエル)社を設立しました。両氏の取り組みは人工内耳の可能性を大きく広げる一助となりました。
技術の進歩はインプラント本体にとどまらず、さらにその先にも及ぶものとなっています。耳の外に装着するスピーチプロセッサや音声処理ソフトの継続的な改良により、人工内耳の装着者は時が経つにつれて新機能や聴覚性能向上の恩恵を享受できるようになりました。多くの場合、こうした機能の更新は、再手術やインプラント装置を交換することなく実施可能となっています。
「聴こえる人生」を支える技術へ
技術の進歩とともに適用範囲も広がり、人工内耳の装着者は世界で累計100万人を超えています。日本国内でも累計2万人以上が装着し、現在は年間約1,200件の手術が行われています。特に、国内では7歳未満の子どもと60歳以上の高齢者で手術件数の増加が顕著です。
高齢者にとって、聴力の維持は生活の質(QOL)につながる重要な要素です。研究によると、加齢に伴う難聴と高齢者の認知機能の低下との間には関連性が指摘されています。人工内耳は、高齢者の言語コミュニケーションや社会参加を維持する効果的な選択肢となっています。一方、新生児聴覚スクリーニングで重度難聴と診断された子どもは、早期に人工内耳を装着し、適切な調整やリハビテーションを重ねることで、音声言語を獲得する機会を得ることができます。
人工内耳は、重度難聴者に手話をはじめとする多様な言葉と文化に加え、音声コミュニケーションという新たな選択肢を提供し、一人ひとりの希望や将来設計、生活環境に応じて人生の可能性を広げる技術となっています。「最も成功した人工臓器」とも評される多チャンネル型人工内耳は、生体医工学やヒューマン・マシン・インターフェースを代表する優れたモデルケースとしても、今後さらなる進化を続けながら、多くの人々の暮らしや未来を支えていくことでしょう。






