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受賞記念コンテンツ

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※受賞者・ご来賓の所属・役職・プロフィール内容は受賞当時のものです。

2022年本田賞 受賞記念座談会

Curiosity drivenが世界を動かす

従来の原子時計の1,000倍の精度を実現する 光格子時計を発明した香取秀俊博士、
日本における科学史・科学哲学史の第一人者である当財団評議員の村上陽一郎。
技術の創造に不可欠な要素、有意義な科学の発展の有り様を思いのままに語り合った。




座談会出席者

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村上 陽一郎
当財団評議員
東京大学名誉教授
国際基督教大学名誉教授
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香取 秀俊博士
東京大学大学院工学系研究科
物理工学専攻 教授
国立研究開発法人理化学研究所 香取量子計測研究室
主任研究員
光量子工学研究センター 時空間エンジニアリング研究チーム
チームリーダー
国立研究開発法人科学技術振興機構 未来社会創造事業
プログラムマネージャー

基礎研究と技術開発が重なる時代

村上: 香取先生のご研究の重要なキーワードが、「Curiosity driven:キュリオシティードリブン(好奇心による駆動)」です。これまでは、基礎科学の世界はCuriosity-drivenであるのに対し、工学系の研究は「Mission oriented:ミッションオリエンテッド(明確な目標を定め、効率的に目標達成に向かう)」として、2つを切り分けてきました。ところが、今の時代はまさにその基礎研究と、それを社会のために応用する技術開発がほぼ重なってきています。


 ある研究者は研究の在り方をMode-1とMode-2に分けました。Mode-1は、科学トピックスに牽引者となるような主たる研究者がいて、同じ領域の助手やポスドク、大学院生という階層構造の中で研究を進めていくものです。Mode-2は、いろいろなジャンルの研究者が平面上に網の目のようにたくさん集まり、1つの目標に向かって自分たちの能力と技術とを出し合います。どちらかというと基礎研究は前者、ミッションオリエンテッドは後者の網の目スタイル的ですが、今はこの区別も難しいでしょう。

 そんな中で、ご研究を光格子時計に絞られたのは、そのテーマに熱情を注ぐだけの魅力があったのでしょうね。

香取: まず良い研究トピックスに巡り会う幸運に恵まれ、その研究トピックスを自ら発展させる方向を次から次へと見いだせたことがまた幸運でした。私も光格子時計を始めた頃は、他の人々が手がけるようになったら他の研究をやろうと思っていたのです。ところが次から次へとやりたいことが出てきて手放せなくなりました。






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誰もやらない研究に取り組むリスク


村上: 「レフェリーバイアス」という言葉があります。ある研究ジャンルのコミュニティがどちらの方向を向くか、例えばジャーナルのレフェリー*が決めてしまう。文字どおり誰もやらないテーマを、研究コミュニティーに論文として投稿することはリスキーではなかったのでしょうか。

* 学術誌の査読者

香取: 誰もやらないことを国際会議でプレゼンテーションしても、最初は会場のごく僅かな人しか何を言っているか分からないものです。私も新しい話を聞くと、その場で意味を全部理解するのは難しくて、繰り返し講演を聞くか、あるいは聞いた後にいろいろな人とディスカッションをしてだんだん分かってきます。

 光格子時計にもやはりそういうプロセスがあって、最初に発表したとき、会議の後で議論して「ここのところが分かりにくかった」と聞くと、次のプレゼンテーションでは分かりやすく説明しようとします。そういうインタラクションがあって、やっとコミュニティーがその方向を理解し始めるようになりました。

 最初の論文を書いたときも学術誌『Physical Review Letters(フィジカルレビューレター)』のレフェリーから厳しい意見がありました。例えば「おまえの論文は自己引用が多過ぎる」と。自己引用が多過ぎるといっても、その道をつくってきたのは自分ですし。

村上: ほかにいないですからね。

香取: 今も手ごわいレフェリーとして思い出します。次に最初の実験結果を『Nature』に出したときはとても好意的で、1週間ぐらいで掲載が決まりました。担当のエディターがこの研究は大事だと考えると、その価値の分かるレフェリーに回してディシジョンを急ぐので、その流れに乗ったのだと思います。

 そのときはレフェリーがとてもいいレビューをしてくれました。「18桁の精度の時計を作るというが、どこで実験をするのか。普通の光学定盤の上で実験をしようとしても、熱膨張でできないはず」と、当時の我々がまだそこまで考えていなかった5年、10年先を見据えるようなコメントをくれました。

村上: それはうれしいお話を伺いました。






原点は「競争しない研究」をすること


香取: 科学コミュニティーは、フレンドリーにできているのだと思います。それがフレンドリーではなくなるのが、同じターゲットに向かった競争が激しいときです。ジャーナルのエディターがレビュアーと研究者とのやりとりを公平に判断するのが難しくなるか らです。光格子時計の研究は当時誰も本気でやる人がいなかっ たので、科学者は「その面白さを見てみたい」とレビュアーを引き 受けてくれた。競争のないところで始めたのはよかったのかもし れません。 

村上: 若い研究者に聞いてもらいたいお言葉ですね。あまり競 争的な現場に身をさらすと人間も悪くなります。 

香取: 研究のトピックスを探すとき、最初に考えたのが、「競争し ない研究をしたい。しかも面白くて自分たちで楽しめる研究をし たい」ということです。それが原点でした。  ただし、役に立たない研究ではいけない。「今基礎研究をする のであれば、20年後にはそれが社会に役立つ芽を出しているべ きであろう」と思っていましたし、年齢を重ねるにつれてその意識 が高まってきました。大御所の研究者たちが居並ぶ国際会議で 何か大胆なことを言いたい若手だったところから、20年して社会 還元につながるところまで研究が進んだのが、何よりよかったと 思います。 

村上: 今は一般の科研費でさえ「社会にどのように役に立つの か」と早い段階で書かなければいけないようになっています。あ れはちょっとしんどいのでは。 

香取: ドクターを取ったばかりの30代の研究者は自由に研究す るのがいい。一方で、歳を重ねたら何か社会に役立つこと、あ るいはその先の研究というのを狙っていくべきだと思います。

村上: 確かに、研究者は自分の研究が社会に与える影響を、良 い方も悪い方も考えなければいけない時代です。ただ、あまりに 若い人たちに社会的利益を意識した研究を強いると、本当の意 味でのCuriosity-drivenな研究を阻害するおそれもありそうです。  光格子時計は、研究成果を応用して実際に社会に役立てよう とする人たちが出てきているようですね。

 香取: 光格子時計では相対論的に時空の新しいセンシングがで きるので、それをどうやって使おうかを考えています。GNSSの 測位法に対して光格子時計の測位が優位性を発揮するのはどん な場面か、若い研究者と議論しているところです。



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技術をブラックボックス化させる意義

村上: 受賞記念講演では「最初の光格子時計の実現後、あっという間に世界各地に仲間が増えた」とおっしゃいましたね。

香取: 2006年に原子時計と周波数計測に関する国際会議で光格子時計というセッションができたとき「これで光格子時計という分野が認知された」とうれしかったですが、今では関連の国際会議がたくさんあります。

 実は、光格子時計の研究がここまで広がったのは、「論文に書いてある通りにやればできるから」というのが大きいです。それまでイオントラップで単一イオンを捕まえて光時計にするという手法が次世代の秒の最有力候補と思われていましたが、これはラボで継承している職人芸的な要素があって難しいのです。

村上: 技術的困難という意味ですか。

香取: ええ、簡単そうに見える機械工作にはノウハウがある。光格子時計を始めた動機の1つも、「そういう構造を排除する設計にしておくと楽だろうな」と思ったからです。技術的ディテールに因らない設計なので多くの人が参入しやすかった。もうひとつの追い風は、時計研究グループの世代交代と重なったことです。単一イオンの光時計の継続より、新しい研究トピックスのほうが若い研究者はやりやすかったのでしょう。

村上: 若い人たちを惹きつけることができた。それは研究者として羨ましいですね。

香取: 次は光格子時計を小型化して社会に還元する段階です。技術を物理学者がいじらないといけないようでは他の分野に普及しないので、測地や地球物理の研究者がどんどん新しいアプリケーションを見出せるよう、完全なブラックボックスにしたいですね。

村上: ブラックボックスですか。

香取: 技術のブラックボックス化は社会に普及させる上で非常に大事だと思っています。

 実用のための小型化は、人の手が入らないようにすることとほぼ等しい。あとで修正できない分、完成までとても時間がかかります。若手が研究課題として取り組むのは厳しいでしょうから、私の年代が頑張るべきかと。

村上: 確かにそこは先生のようなお立場で一番見ていくべきだし、実際に見ていらっしゃる。

香取: 光格子時計で相対論的な時空間がやっと見えましたが、それだけで何かができるわけではない。でもそれが当たり前の技術としてブラックボックス化されると、別の何かと組み合わせて全く予想もできない新たな未来につながるでしょう。そこを若者に期待したいです。

村上: 晩年の本田宗一郎さんが、「工場に行っても今のクルマはわからない」と寂しがっておられましたが、それはまさに自動車の各部分がブラックボックス化していった時期でした。ブラックボックス化は新しいものを生み出す種の1つかもしれません。 先生のお話を伺って心が明るくなるのは、若い人に期待していらっしゃることです。

香取: 若者に期待はしますが、モチベーションの変化は感じます。

村上: 野心を燃やす若者は確かに減ってきているようです。とはいえ、一時期の分子生物学のように相手を出し抜いてでもノーベル賞に近い論文を出すといった露骨な競争が好ましいとも言えません。近年は物理学の影が少し薄くなったかもしれませんが、「物理学にはまだ面白いところがたくさんある」と香取先生のお仕事は教えてくれた気がします。

香取: 成熟した分野はなかなか厳しいです。私も研究者になってドイツにいた頃、ライフサイエンスには未知の分野が山ほどあるような気がして「何で物理学なんか選んでしまったのだろう」と少し考えたこともありました。

村上: ノーベル賞といえばアインシュタインが 1921年に受賞した際の理由に、相対性理論は入っていません。ほぼ100年経った今、再び香取博士のお仕事で脚光を浴びている。だから、学問は面白いんです。

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