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※受賞者・ご来賓の所属・役職・プロフィール内容は受賞当時のものです。

2020年本田賞 受賞記念座談会

2020年11月18日 Honda青山ビルにて
Industrie 4.0が社会にもたらすブレイクスルー
人々の生き様にパラダイムシフトを起こし、社会の価値基準を大きく変化させるIndustrie4.0のコンセプトは、持続可能な社会の実現に欠かせない手段として世界中で認められている。その実現に向け、何が必要なのか?乗り越えるべき課題とはなにか? 提唱者の1人であるヘニング・カガーマン博士と、各分野で第4次産業革命へのアプローチを模索するHondaのスタッフたちが語り合った。

座談会出席者

ヘニング・カガーマン博士
(モデレーター)
経営企画統括部
シニアチーフエンジニア
和田 岳弘
車両企画管理部
生産製造企画課
船戸 康弘
車両企画管理部
車体性能企画課
稲垣 賢次
eMaaS戦略企画部
新モビリティサービス企画推進課
岡田 梨英子
標準化推進部
国際標準企画課
安田 直矢
労政企画部 労政課
坪口 祐介

Industrie 4.0はコロナ禍に何をもたらしたか?

Q:Industrie 4.0は今後の生活を大きく変えていくと予想されます。現在、新型コロナの流行によっても私たちの社会は変化を強いられていますが、Industrie 4.0はコロナ禍の社会にも何らかのポジティブな影響を及ぼしているのでしょうか?(和田)
【カガーマン博士のAnswer】
パンデミックに直面する中、ドイツ市民にとってグリーンディールのさらなる進展が大きな関心事となり、EUの枠組みでは欧州委員会で「CO2の排出をもっと厳しく規制すべき」という新たな動きも出てきています。ドイツの自動車産業は大きな利益を出すために相当な努力をしているなかで、新しい技術に投資をする必要に迫られています。
そこでドイツ政府はコロナ禍においても自国の自動車産業が代替エネルギーやデジタル化といったチャレンジに立ち向かえる、これまでにない新しいプロセスを導入しようと議論を進めてきました。ドイツをはじめとするEU諸国では、20億ユーロを拠出してIndustrie 4.0など重要課題への取り組みへ投資を進める動きが出ています。Industrie 4.0のプロセスはコロナ禍によって確実に加速するでしょう。
ちなみに、ドイツ政府は政策決定において企業のトップのみならず従業員の参加を重視していますので、一連の会議には組合代表が必ず参加しています。

新しい社会の仕組みづくりを可能にしたものとは?

Q:博士はIndustrie 4.0のような新しい社会の仕組みを設計し、実際に社会を変革していくプロセスに世界に先駆けて取り組まれましたが、それはなぜ可能だったのでしょうか?(安田)
【カガーマン博士のAnswer】
 私ひとりでできたことではありません。多くの専門家が準備に関わっています。私はまず少人数の専門家グループの座長としてIndustrie 4.0のアイデアをまとめ、ヴォルフ・ディーター・ルーカス博士とヴォルフガング・ヴァルスター博士にこのプロジェクトへの参加を依頼しました。私はもともとIT畑の人間ですから、ドイツ工学アカデミーの科学者や学会のメンバーたちをはじめ、さまざまな生産関係の専門家たちやエンジニアたちにもこのアイデアをPRしながらプロジェクトに参加してもらう必要があったのです。
40名ほどの科学者やビジネス分野の専門家にプロジェクトに参加していただき、最終的に私がグループを代表してIndustrie 4.0やスマートサービスについての提言をメルケル首相に提出したという運びでした。

「標準化」は受け入れられるのか?

Q:Industrie 4.0のハイライトの1つとして標準化が挙げられます。共通のルールをまとめるのは、国や組織の大小に関わらず大変です。ドイツにはこの困難な試みを受け入れる素地がもともとあったのでしょうか? またどのようにして標準化を進められましたか?(船戸)
【カガーマン博士のAnswer】
2010年に私はドイツにおける電気自動車のプラットフォームづくりに参加しました。充電関連の規格は欧州共通でなければなりません。そこで標準化に向けたワーキンググループが立ち上がりました。電気自動車の標準化には、これまで標準化について一緒に取り組んだことのなかった自動車産業とエネルギー産業双方の協力が不可欠でした。そこで得られた経験が、Industrie 4.0構想が生まれた際に受け入れの素地となったのです。
標準化を進めるにあたっては、まずワーキンググループがビジネスの視点から「何を標準化すべきか」という提言を行いました。それをまずドイツ国内の組織に持って行き、そこで得られた合意を元に欧州の組織に対して話を進め、さらにそれを元に国際組織に話を持ちかけるというように段階的に進めて行きました。同時にドイツの高官にも相談して助力を得られるようにしました。
Industrie 4.0においては、セマンティクス(プログラミング言語を実際の動作に結びつける際の基準)の標準化やさまざまなベンダー間の標準化が重要ですので、それをこのような形で進めていく必要があると思います。

あまねく産業にもたらされるIndustrie 4.0の実装効果

Q:新興国からドイツに工場を移してリードタイムを短縮し、輸送費を削減しながら顧客のニーズに応えることを可能にしたシューズメーカー・アディダスのスピードファクトリーの事例に感銘を受けました。自動車産業のような重厚長大な産業においても同様の効果は得られるのでしょうか?(稲垣)
【カガーマン博士のAnswer】
私が一番気に入っているのは、ポルシェのコンサルティング部隊と、ミュンヘンを拠点とする工業ロボット製造企業・KUKAがジョイントで展開している事例です。たくさんのデータをうまく活用しながら「スマートファクトリー・アズ・ア・サービス」を展開し、それに見合った品質と生産性の向上を保証しています。
まだ成功事例の大半は「ブラウンフィールド」、すなわち大企業が工場のアップグレードを行い、DX(デジタルトランスフォーメーション)を展開することで生産性を上げているケースかと思います。これに対し、まだ数は限られますが「グリーンフィールド」と呼ばれる成功事例も出てきています。非常に小さな工場で業界最高のモデルをIndustrie 4.0で構築し、生産性を大幅に改善しています。グリーンフィールドの分野では生産性を30~50%改善している事例もあります。
さらにIndustrie 4.0を実装すると顧客のニーズに柔軟に対応できるのはもちろん、働き手の側も年老いた両親や子どものケアをするなどの生活のニーズに合わせたシフトが可能になります。これも重要なメリットだと思います。

「雇用され得る能力」の重要性

Q:なぜ博士はIndustrie 4.0のめざす姿の中で、エンプロイアビリティー(雇用され得る能力)をトッププライオリティーに置いたのでしょうか? また、これまでホンダは1つの専門性を極めることを大切にして独創的で高い品質の商品を生み出してきました。今後ソフトスキルが求められる中で、従業員の能力をどのように高めていけばよいのでしょうか?(坪口)
【カガーマン博士のAnswer】
実は2011年当初、エンプロイアビリティーはIndustrie 4.0の構想に入っておらず、後から加えました。AIや自律システム等の技術が台頭してくる中で、人々は「自分の仕事は大丈夫なの?」「自分がやりたい仕事が残るのだろうか?」「失業率の問題は出てこないのか?」と不安を持つようになりました。また、組織に属する従業員に求められるスキルも大幅に変化するので、それにどう対応するかという新しいテーマが出てきたのです。
30年前は日本でもドイツでも、大学で機械工学や電気工学を専攻したなら一生涯その分野で仕事をするのが普通でした。しかし今後は、個人がかなりの時間を割いて新たな分野の仕事ができるようスキルアップし続けなければなりません。それを個人の責任に帰するだけでなく、企業が十分にサポートする必要があります。
1つはソフトスキル(コミュニケーション、チームビルディング、プロジェクトマネージメント)をもっと強調した教育制度が求められるでしょう。もう1つは実際に新しい分野の仕事に挑戦させ、自分自身がどういう能力を持っているか見つける機会をつくることです。いきなり冷たい水に投げ込まれてどう泳げばよいのか、実践を通して自ら学ばなければならないのです。

「標準化」の先に独自性を見出すために

Q:私はIndustrie 4.0において標準化はゴールではなく、現在の企業間競争の垣根を超えて新しい価値を創造するためのツールだと感じています。とはいえ、Industrie 4.0が社会に浸透したとき、人々はどこに企業の独自性を見いだすのでしょうか?(岡田)
【カガーマン博士のAnswer】
これからますます商品やサービスの提供は複数の業種や企業が連携したエコシステムの中で進むことになります。その中で、どの会社が消費者の認知とロイヤリティを獲得するかの闘いが展開されます。たとえばAppleブランドは、実際に生産しているのは他の企業であるのに、消費者にはApple社の商品・サービスとして認識されています。
スマートサービスが進むにつれ、消費者がどの部分にフォーカスして価値を感じるようになるのか私には予測できません。ただ、自動車メーカーがお客様との接点を保ち、良質なユーザーエクスペアリエンスを提供できるよう変化し続けなければ、ブランドとしてユーザーから認知されなくなると懸念しています。
IT企業がソフトウエア販売からアズ・ア・サービス展開へと移行したように、自動車会社もプロダクト企業からサービス企業への変身、すなわち「モビリティー・アズ・ア・サービス」へと移行しなければなりません。全く異なるビジネスモデルや企業文化を必要とするこのような変革は決して簡単なものではなく、時間がかかります。しかし、私はこの変革は必須のものであると強く感じています。

文化や組織の壁を乗り越えて

Q:組織が大きくなったがゆえに、文化や領域などの障壁が生まれ、新しい挑戦にトライしづらい状況があると思います。ドイツでは同様の障壁を感じたこと、また、そうした障壁があったときにどのように解決しますか?(船戸)
【カガーマン博士のAnswer】
それは日本だけでなく、世界共通の問題であると私は捉えています。有名な『イノベーターズ・ジレンマ(邦題:イノベーションのジレンマ)』という本では、大きな成功を収めた企業ほど時代に必要とされる製品やサービスを作ることができないジレンマについて書かれています。
昨日の私の講演の中でも、両利きの経営(企業が長期的な生き残りを賭けて、新たな事業機会の発掘と既存の事業の深掘りの2つの方向性を同時に進める経営のこと)、デュアル戦略について触れましたが、近年、企業の中にはインキュベーター構想を持って、小規模で行う研究開発やプロジェクトを守っていこうという努力が見られるようになりました。そこでは、従来の大企業での仕事とは異なる手法、違うリーダーシップが求められます。新しいチャレンジへの対策を怠れば、企業の存続が難しい時代であると私は考えています。
そして重要なのはマネジメントをする人間が、いかに既存の分野を超えて、これまでなかった価値を生み出せる新しい分野に入っていけるのか、という点です。古い文化と新しい文化を正しいタイミングでリードし、新しい分野をいかに早く自社の中核サービスに仕上げられるかを意識することが重要でしょう。
若い世代は新しいツールや最新の理論的知識を持って企業に入ります。ベテランはそれを最初から拒否するのではなく、どういうことが可能なのかを考えなければなりません。時代も、マーケットも変化し続けています。もしかしたら、急にこれまでやってきたことが明日にはダメになってしまうかもしれない。そんな事態に陥れば、企業の存続そのものが危ぶまれます。今、私が言及している課題・問題は特にエンジニア系の方々にとってより大きなチャレンジであり、既存の事業とイノベーションの両方に注目すべきだと考えます。

おわりに

和田:
ありがとうございました。今回のお話を、これからのチャレンジに生かしていきたいと思います。
カガーマン博士:
リモートではありますが、今回はエンジニアリングから人事まで幅広い役割を担う若手の皆さんとお話しできてよかったです。ぜひこの変化の時代をチャンスに変えてください。
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