Home本田賞2025年本田賞 受賞記念座談会

受賞記念コンテンツ

受賞記念コンテンツ

※受賞者・ご来賓の所属・役職・プロフィール内容は受賞当時のものです。

2025年本田賞 受賞記念座談会

小さな光が、社会を支えるまで
—面発光レーザーの原点とこれから

面発光レーザー(VCSEL)は、現代社会を支える基盤技術として広く活用されています。では、その独創的な発想は、どのように生まれ、どのような挑戦を経て実用化へと歩みを進めたのでしょうか。“VCSELの父”である伊賀健一博士と、その研究を支え、発展させてきた研究者たちのうち4人が、研究の原点と発展の道のり、そして未来への可能性を語り合いました。

座談会出席者

伊賀 健一 博士

伊賀 健一 博士
東京科学大学 栄誉教授
旧東京工業大学 第18代学長

雙田 晴久 博士

雙田 晴久 博士
Flexcompute社マネージャー

小山 二三夫 博士

小山 二三夫 博士
東京科学大学 栄誉教授
東京科学大学 総合研究院 特任教授

植之原 裕行 博士

植之原 裕行 博士
東京科学大学 総合研究院 教授

宮本 智之 博士

宮本 智之 博士
東京科学大学 総合研究院 教授

―皆さんの中で、伊賀研究室の最初期に在籍されたのが雙田さんですね。

雙田 修士1年で配属されたのが1978 年だったと思います。伊賀先生はまだ助教授で、研究費も十分ではなく、装置も自分たちで一から作っていました。一つ上の先輩から教わりながら作業を進めました。ちょうど伊賀博士がベル研究所に招聘された頃で、「修士課程を修了できないんじゃないか」と心配したのを覚えています。大岡山の末松安晴教授の研究室まで通って指導を受けながら研究を続けました。


伊賀 1974年頃に私は研究室を持って半導体レーザーの研究を始めました。1976年に光通信が始まり、半導体レーザーで光ファイバーをやろうとしていたのです。北原君という卒研生が私のアイデアをもとに「まずはLEDでもいいから面発光構造を作ってみよう」と挑戦してくれ、1978 年の応用物理学会の春の大会で発表したのです。北原君の作り方を雙田君が習い、1979年に世界で初めて電流注入で発振に成功しました。


雙田 最初はエッチングで構造を作りましたが、反射器を正確に作らないとレーザーとして発振しないという課題にぶつかり、「研磨して鏡面を作れ」と言われました。私は電気工学科出身ですから「研磨って機械工学じゃないの?」と抵抗がありました。伊賀先生に「顔が映るまで磨きなさい」と言われ、必死に磨き続けました。


伊賀 そんなことがありましたね。私は助手時代に水晶振動子の研究室にいましたから、研磨は当たり前の手法でした。


雙田 試行錯誤を重ねて曇りのないミラーを作れるようになり、なんとか発振らしきものが得られました。少しずつプロセスを改善し、エッチングを駆使してチップを作る手法へと進化させ、最終的に液体窒素温度での動作させることに成功。修士・博士を無事に修了できました。


伊賀 私がベル研究所に行ったとき、学生たちは不安だったようですが、私は大丈夫だと思っていました。私自身も、博士課程3 年のとき指導教授の末松先生が留学なされ、「一番大事な時期に教授がいなくなった」と同級生と嘆いたものの、なんとかなった経験がありますから。その後1988 年に小山二三夫君が室温連続発振を実現し、1989 年にはベル研究所のジャック・ジュエルたちが「ポスト状のMicrolaser」という論文を出しました。これらの年が、面発光レーザー(VCSEL)にとって「決定的な年」になりました。


小山 私が本格的にVCSELに関わったのは1985年に助手として採用されてからです。VCSELを当時最大の課題であった室温連続発振させることを目標に研究を進めました。1988 年、夏の非常に蒸し暑い時期、結露を防ぎながらレーザーを冷やすためにメタノールに浸し、反射鏡の劣化を防ぐために、低融点金属のガリウムを使ってヒートシンクに取り付けるなど、あらゆる手を尽くして何とか室温連続動作を実現しました。

―現場で試行錯誤を重ねながら、道を切り開いていかれたのですね。

小山 はい。その成果を、まず伊賀先生が立ち上げられた「OEC(Optoelectronics Conference:光エレクトロニクス国際会議,現在のOECC)」という国際会議のポストデッドラインセッションで発表し、電子情報通信学会のレターにも異例の速さで論文が通りました。さらに詳細なデータをまとめてAPL(Applied Physics Letters)で発表しました。その翌年、ベル研究所のジャック・ジュエルたちが前述の論文を出すことで、一気にこの分野が広がりました。


伊賀 発表するタイミング、その受け皿となるジャーナルと学会は非常に大切です。日本の学会が果たす役割が重要であると、当時、身に染みましたね。


植之原 光ファイバー通信がやりたくて、1986 年に学部4 年で末松研究室を第一希望にしたのですが、希望者が多く「じゃんけん」で負けました。そのとき「半導体レーザーなら、すずかけ台に伊賀研究室があるよ」と教えられたのです。 VCSELのテーマとしては「MOCVD 法でガリウムヒ素系の量子井戸構造を持つVCSELを室温連続発振させる」という命題が与えられました。「VCSELにも量子井戸構造を入れれば性能が上がるのでは?」と伊賀先生に相談したところ、「やってみなさい」となったのです。小山先生がすでに装置を立ち上げておられ、手取り足取り指導をいただきました。洞察が浅かった部分がありながらも液体窒素温度での発振までは何とか達成し、修士を修了することができました。当時の反省点は、現在の学生指導に反映させています。


宮本 私もじゃんけんで負けて伊賀研に来ました(笑)。4 年生でCBE(化学ビーム成長)という半導体結晶成長のチームに入り、徹底的に鍛えられました。レーザーがまったく動作しない時期が続いて焦りましたが、試行錯誤するうちに液体窒素温度でのレーザー動作らしきものが見えました。伊賀先生に確認いただき、「よくやった」と褒められたことが記憶に残っています。なんとか学位をとって企業の最終面接まであと2 週間というとき、伊賀先生から「国の新しい大型研究費(COE)が通りそうだ。残ってもらえないか」と声をかけていただきました。「こんな機会は二度とないかもしれない」と思い、大学に残ることを決めました。

―伊賀先生の指導は現在にどう活かされていますか?

植之原 伊賀先生はタイミングを見て「こういうことをやってみないか?」とテーマをくださるのですが、どう進めるかは自主性に任されていました。学生を指導する立場になって、教員が条件を指定しすぎるとその枠内で「模範解答」を作らせてしまう危険があると感じます。学生自ら考えてもらいたいと思うのは、伊賀先生の教えがあるからです。


雙田 先生の言葉で印象に残っているのは「『装置がないからやらない』はあり得ない」と「考え込まず、まずやってみろ」です。おかげで企業に入ってからも「装置がなければ借りるか作ればいい」「少しでも手を動かして失敗した方がフィードバックも得られるし、次につながる」と発想の転換ができ、困難を率先して引き受けるようになりました。


小山 植之原さんの言うように、伊賀先生は「テーマは提示し、細かいことに口を出さない」スタイルでした。最近の大型プロジェクトでは研究費に対して数値目標が課され、達成度で評価される仕組みが強く、つい口を出したくなってしまうのが、私自身の反省点です。研究コミュニティへの接し方についても伊賀先生は非常にオープンで、海外の企業・大学の研究者からリスペクトされています。そこは私も大事にしたいと思っています。


伊賀 今の教育界は発表が上手な人が評価されがちです。「黙々と手を動かす」タイプの才能も確かに存在しますから、大学はそれを数年かけて見極め、磨く場所であってほしいです。

―今後のVCSELの可能性をどのように考えていますか?

小山 現在はデータセンター内の光配線にVCSELが大量に使われています。高速化・並列化が進み、超並列での光インターコネクトが今後の方向性として見えてきています。一方、大学でのデバイス研究は世界的に縮小傾向で、産業界に軸足が移りつつあります。


伊賀 データセンターでは、DSP(デジタル信号処理用プロセッサ)の消費電力が大きく、「エコな面発光レーザー」の良さが活かしきれていません。将来的にレーザーと光ファイバーの組み合わせだけで1km程度まで届くようになり、途中のDSPや増幅器が不要になれば、全体の消費電力を大幅に抑制できるはずです。


宮本 私は今、高出力のVCSELアレイを使って離れた場所に電力を送る「光無線給電」というテーマに取り組んでいます。小さなレーザーをたくさん並べ、それを一つのビームのように扱うことができれば、まだまだVCSELの可能性は広がります。
 すでに、自動車の塗装や金属部品の熱処理など、特定の場所だけを効率よく加熱する用途では、VCSELアレイを使った製品が出始めています。さらに先には、レーザー核融合のような、エネルギー源としての応用も議論されています。膨大な数のレーザーを並べる必要がありますが、そこでもVCSELのコンセプトが活かせるのではないでしょうか。
 また、伊賀先生が80 年代に提案された、「タルボ・ミラー」(周期的に並べたレーザーアレイとミラーによって一本の太いビームのようにする構造)のアイデアも、ここ数年、海外でようやく実験的に実現され始めています。


植之原 長距離光ファイバー通信ネットワークでも光を一度電気に変え、DSPなどで信号処理してから再び光に戻す構成が主流で、消費電力の増加につながっています。
 光スイッチを組み合わせ、光のままで経路を切り替えられれば、消費電力は大きく下げられます。ただし「すべてを光でやるべき」というわけではなく、エレクトロニクスとどう役割分担するか、全体設計を冷静に見極めるのが今後の課題だと思います。


雙田 例えば、ユーザーから「データセンターの処理量を倍にしたい。レーザー出力を2 倍にしてほしい」というオーダーが来ます。技術的には可能ですが、消費電力は確実に増え、このまま行くとデータセンターの隣に原子力発電所が一基ずつ必要になります。
 システム全体として省電力設計に切り替えていくべきで、VCSELはその重要な選択肢の一つになると信じています。


伊賀 AIの進展は電力問題がネックになり、「どこまでを光に任せ、どこを電子でやるか」を真剣に考える必要があります。日本は通信バブルの手痛い経験からか及び腰の感がありますが、どの技術が本命かというデバイス間の競争になります。
 VCSELにやれることはまだまだ多いと思います。

受賞記念コンテンツ

本田賞

ライブラリ

語り継ぎたい逸話

本田賞受賞者一覧

Y-E-S奨励賞受賞者一覧

交通アクセス

公益財団法人 本田財団
〒104-0028
東京都中央区八重洲2-1-1 YANMAR TOKYO 6階

最寄駅
JR各線 東京駅 徒歩2分
丸の内線 東京駅 徒歩2分
東西線、銀座線、都営浅草線、地下鉄日本橋駅 徒歩7分
銀座線 地下鉄京橋駅 徒歩7分

詳しいMAPへ

本田財団フェイスブック

pagetop