※受賞者・ご来賓の所属・役職・プロフィール内容は受賞当時のものです。
2023年本田賞 受賞記念座談会
座談会出席者
ジョン・F・クロート博士、⼭中翔⽣⽒(左手から)
⼤同特殊鋼株式会社
技術開発研究所 理事
⼯学博⼠
⼤同特殊鋼株式会社
技術開発研究所
磁石材料研究室
主任研究員
本田技研工業株式会社
四輪事業本部 四輪開発センター
パワーユニット開発統括部
パワーユニット開発⼆部
電動モジュール開発課
― 両博士は全く別個の研究活動の末、同時期にネオジム磁石を発表されました。これは歴史の必然なのでしょうか。
佐川:二人とも希土類鉄磁石のニーズが非常に高まってきた時期に研究をしていたわけですから不思議ではありません。3人や4人同時であってもおかしくはないと思います。
クロート:私が大学で化学を専攻したのちに冶金学、しかもレアアースの研究をするようになったのはまったくの偶然ですが、その選択をして幸運だったと思っています。佐川博士も私も、ネオジム磁石でその後の社会に大きな変化をもたらしたのですから。
― 大同特殊鋼がネオジム磁石を手がけられたのはいつ頃からですか?
入山:弊社が本格的にネオジム焼結磁石の開発を始めたのは2010年です。佐川さんがご自身の会社でPLPというプレスを使わない方法を開発され、弊社で量産化を始めました。プレスを使わないのは非常識な方法で、当初は「できるわけはない」と考えていましたが、実際扱ってみると従来よりも特性が高く、しかも重希土という希少元素をほぼ使わないことに驚きました。ただ、小さな実験室スケールならともかく量産しようとすると難しいかなとも思っていたため、1年以上かけてやっと量産条件ができたのは非常な喜びでした。
宇根:PLPという製造プロセスは低酸素で結晶粒を微細化できるという特徴があります。それはほかの量産メーカーも分かってはいても、実現にはなかなか至りませんでした。しかし佐川さんと大同特殊鋼グループで量産技術を確立し、重希土類をあまり使わず磁力を上げる「粒界拡散技術」という技術を適用すると非常に高特性な磁石ができることが分かったのです。現在はそれらをより発展させる技術開発を行っています。
― お二人のように研究者が量産技術にまで関わるのは、磁石の世界では普通なのでしょうか。
佐川:例えば超伝導の分野であれば、研究者が超伝導物質の製法を研究しているという話は聞きませんね。ノーベル賞をもらって終わりです(笑)。超伝導の研究はそれでいいのですが、磁石の場合は工程と同時でないと思うように改良できません。特に焼結磁石は工程と一緒にやらないと研究そのものが成り立たないと思います。
大学やアカデミアで熱間加工磁石などは扱っても焼結磁石を取り上げないのは、製造が難しく危険も伴うからです。企業内の研究でないと難しいのではないでしょうか。
クロート:私の場合は、パーソナルコンピュータのおかげで急速にネオジム・リング磁石とハードディスク・ドライブ用スピンドルモーターの需要が膨らんだという事情があります。最初は研究所内で少量生産したネオジム磁石をさまざまな企業、特に日本の小型モーター・メーカーにサンプルとして提供していたのですが、製品化を手伝うためにデルコ・レミー社に移り、生産工程と格闘することになりました。
― 現在、自動車の中の永久磁石はどのような位置づけにあるのですか?
山中:ハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)では今まで車を動かしていたエンジンをモーターに置換しています。今我々が使っているモーターではネオジム磁石が最も大事になります。特にHVではエンジンだけ入っていたところにモーター、発電機と必要なものが増えていくので、省スペースのためにも小さくできるネオジム磁石を使います。HVの普及のためにはコストを抑えなければなりませんし、より小さく高性能となると現状はネオジム磁石一択ですね。
― クロート博士がネオジム磁石を開発された目的の1つが、自動車の軽量化、低燃費化に貢献することであったと伺っています。
クロート:その通りです。それが当時のゼネラルモーターズ研究所磁性材料グループの使命でした。しかし残念ながら本格的に自動車に導入される前に、電子機器用の需要が先行してしまったのです。ゼネラルモーターズ社が最終的に磁性材料部門を売却したのもそれが一因でしょう。
山中:現在は一台の車の中で大量のネオジム磁石が働いています。そこで我々のミッションは磁石の使用量を減らし、より省資源化したモーターを作っていくことです。理想を言うと、国際情勢に原料調達が左右されない磁石があれば我々も使いやすいです。
一方では、両博士が大変な苦労をされて開発された磁石の性能が現在さらに進化しており、我々はそれを十二分に使いこなす責任を感じています。
入山:ホンダ車のHVに初めて重希土類を使わないネオジム磁石が搭載されたときには、モーター開発側のホンダさんと磁石を作る側の弊社で共同開発的な進め方をしました。重希土類を使わないと耐熱性がやや落ちるので、ホンダさんがそれに合わせてモーターの構造設計をされ、実用化にこぎ着けました。資源リスクを下げるうえで大きな成果だったと思います。
今後、重希土類以外にネオジムも減らすべき状況が来ることに備え、磁石メーカーとユーザー企業が緊密にやり取りし、設計段階から忌憚なく意見や要望を出し合ってより高性能・低コストで低資源リスクの磁石を開発していく方向で進めていけたらと思っています。
クロート:私の開発したボンド磁石は、現在どのように使われているのですか?
入山:自動車ではモーターとセンサーに使われています。車には100〜200個のモーターとセンサーが載っていると言われていて、かつてはほとんどが安価なフェライト磁石でした。ネオジムボンド磁石は磁石単体では高価ですが、部品として成形できる特性があるのでコストを軽減し小型化できるメリットがあります。今では車載のうち20個程度はボンド磁石が使われているのではないでしょうか。
― 山中さんと入山さんが触れられたように、今後原材料確保が難しくなるなどのリスクが想定されています。安定して永久磁石を製造・使用できる環境を整えるためにすべきことは?
クロート:レアアースの供給問題は常にあります。我々が採掘していたカリフォルニアのマウンテン・パス鉱山はかつて世界最大でしたが、国際競争に勝てず閉鎖を余儀なくされました。地政学的リスクへの対応は、国家レベルでの戦略的取り組みが必要かと思います。
佐川:ネオジム磁石が最強であることは揺るがないので、製法を極限まで追求して工場で全くロスがない状態にする必要があります。重希土類を使わないでつくる方法や渦電流損が発生しない積層磁石の製法も確立していますから、それらの開発を進めて量産化を実現することです。
宇根:モーターの新しい構造等が開発されていく中で、我々もいち早くニーズを聞き取って磁石の開発に反映させていきたいですし、「こういうニーズがあるだろう」と先回りした開発も進めています。磁石業界にはアカデミアを中心にAIで研究を加速させる流れがあり、我々も開発に使えればと考えています。
山中:磁石を減らした設計にも限界があります。佐川博士もおっしゃったように、工程の中で無駄なく作れるよう連携してくことが大事になってきます。結果として磁石の形状やサイズが限られてくるでしょうから、そこは我々設計側の力の入れどころだと考えています。ボンド磁石も小型化には限界があるので、磁石を取り外せるようにするなど回収して再利用しやすい設計に挑戦しているところです。大同特殊鋼さんには我々の無茶な要望をいつも聞いていただいています。
― ネオジム磁石を超える永久磁石の開発は難しいのでしょうか?
佐川:よい化合物を見つけたと思っても、それを磁石にするまでにまた大きな山があります。その山を越える素質があるかどうかは見つけたときに分かります。化合物としては何とかネオジム磁石を超えそうなものはありますが、セル状構造を構築したり磁気特性を上げるなどの工程が可能な金属学的条件が整ったものは見つかっていません。
入山:ネオジム磁石が最強であり続けるのは間違いないでしょう。ネオジム磁石の計算上の最高値はもっと高いのでそれを極限まで実現し、工場でのロスを少なくする努力は続けていくべきだと思っています。
資源面や地球環境を考えると、ネオジムを採れば採るほど別の希土類元素が余ってきます。余った希土類を使ってそこそこの特性の磁石ができる可能性はあると思います。またリサイクルするとCO2排出量は鉱山から採った場合の約半分に減るという試算があるそうなので、リサイクル技術を念頭に置いた基礎研究を進めていくつもりです。
山中:現在はネオジム磁石なしでは車が設計できませんが、他の磁石もあわせて上手く使いこなす技術を構築したいです。さらにリサイクル技術を用いて、カーボンニュートラルな車をつくっていきたいと思います。
入山:私はネオジム磁石と別の希土類磁石であるサマリウム-鉄-窒素磁石も研究開発しています。その製造方法はクロートさんが開発された超急冷法です。超急冷法は難しくて量産できない状態でしたが、6年前にクロートさんに有効なアドバイスをいただいて格段に改善でき、ビジネス拡大に取り組んでいるところです。クロートさんも量産に何年も苦労されたとのことで、その経験を惜しみなく伝えていただいたことに改めてお礼を申し上げます。
クロート:それを聞いて嬉しいです。私は研究の現場を離れて久しいですが、マテリアルサイエンティストとしての仕事はたいへんやりがいのある面白いものでした。社会を大きく変える可能性のある職業として、科学者を志す若い皆さんにも薦めたいと思います。
対談は授与式の翌日に行われた。