※受賞者・ご来賓の所属・役職・プロフィール内容は受賞当時のものです。
2024年本田賞 受賞記念座談会
座談会出席者


アリ・タフレシ氏
Topcon Healthcare, Inc.
CEO 兼 社長
カリフォルニア大学サンディエゴ校卒業後、ハイデルベルクエンジニアリング社に入社。その後、トプコンヘルスケア社に入社。戦略、イノベーション、および臨床開発の最高責任者を務めた後、現在CEO兼社長に就任。

東京科学大学 眼科 講師

デジタルダイアグノスティックス社創業者兼会長 アイオワ大学カーバー医科大学眼科・視覚科学科 教授
自律型AIのための規制の仕組みや、保険の支払い(診療報酬)の制度、AIが医療現場での効果をもたらす証明を行う無作為化比較試験(RCT)を開発。
― 眼科医療の、その先へ
眼科診療用OCTは現在の眼科医療に不可欠なものとなっています。「眼底の撮影方法の発明でノーベル賞を受賞したA.グルストランドは、自らが医療にもたらした成果を見ずに亡くなりましたが、OCTを発明したフジモト博士はそれが世界に与えた影響を目の当たりにしています」(アブラモフ博士)。
しかし、フジモト博士をはじめとする研究チームはそこに安住せず、OCTの適用範囲を眼科以外の領域に広げようと開発を進めています。目標とするのは、人々が負担なく検査を受けられ、深刻な病気の兆候を早い段階で捉えて専門医療につなぐ、まったく新しいヘルスケア・システムの構築です。
OCTは、糖尿病網膜症、加齢黄斑変性、緑内障など、視力を脅かす病気の発見と管理において、標準的な検査として使われています。さらに、心臓病の診断や手術支援といった他の分野でも活用が広がりつつあります。しかし、OCTの進化がもたらす最大の恩恵は、「公衆衛生(社会全体の健康・疾病予防)」の分野にあると考えられています。網膜のOCT 画像からは、眼科疾患だけでなく糖尿病や心臓病、脳卒中のリスクといった全身疾患のほか、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経疾患の兆候や進行状態をスクリーニングできると考えられています。目指すのは、誰もが簡単にアクセスでき、データに基づいた慢性疾患の早期発見・治療につながる新しい医療システムです。それにより、生活の質を高めながら、医療費の削減にもつながると期待されています。
この座談会では、その道の専門家が集まり、手軽に受けられる目の検査を通したAI搭載の画像診断により、全身疾患の早期発見やかかりつけ医による医療に役立つかを議論します。
― OCTが持つ2つの利点
入日本では国民皆保険制度により専門医へのアクセスは容易です。OCT 検査にも健康保険が適用され、医療機関には保険点数分の費用償還が行われています。また、多くの企業や学校・自 治体では定期的に健康診断が実施されます。しかしながら、眼科健診は任意であるため受診頻度が多いとは言い難い状況です。 一方、米国ではFDA(食品医薬品局)の認可を受けたOCT機器が、眼科医および検眼医に広く使用され、保険による診療費のカバーや償還も行われています。
高橋洋如医師とアリ・タフレシ氏が強調したように、OCTには2つの重要な利点があります。すなわち、(1)非侵襲的な検査は患者に不快感がなく、診察室での検査が可能であること、(2)網膜微細構造に関する客観的で定量的なデータが得られることです。AI診断システムの開発で重要な役割を果たしたアブラモフ博士は、OCTの成功はこの客観性にあり、OCT 画像を用いた際の治療成績は、そうでない場合よりも優れていることが示されていると付け加えました。
― 「大規模データ」は収集・活用できるのか?
「OCTを眼科以外の分野にも広げ、医療の質を本当に高めるには何が必要でしょうか?」と、フジモト博士は疑問を投げかけます。タフレシ氏は、画像データを治療結果に結びつけるクラウドベースのインフラを提唱しました。高橋医師は、自動化とデジタル患者IDが重要であると指摘しました。また、信頼の確保、眼科医療以外の活用に対する規制当局の許可、そして費用償還が不可欠であることは、全員が同意しました。最終的には、網膜OCT 画像を用いて全身疾患を特定し、その治療をモニターして、患者の治療結果が改善されることを証明しなければならないのです。 このため、検診などで多くの人にOCTを実施し、実際の医療現場で得られるデータを蓄積することが重要です。OCTは普及後20 年近く経ち、最近ではロボット技術を活用した自動検査システムも登場し、スムーズなOCT検査が可能です。その結果、「得られた膨大なデータにより、単なる推定ではなく、実際の医療現場に基づいた病気の発生率や有病率を把握と、病気がどのように進行するかの正確な予測も可能になった」(アブラモフ博士)と指摘しました。そして議論はさらに白熱していきます。

― OCT 検査をヘルスケアへの入り口に位置づけたい
高橋:OCT検査が広く受け入れられているのは、患者に負担を与えないからです。自動化が進めば最前線の診療所、眼鏡店、学校、職場など、さまざまな場所で、患者の血圧や体温を測るのと同様に、OCT検査が日常的にOCT検査を行えるようになります。 大規模なデータ収集は、公衆衛生に関する重要な情報を提供し、AIによる診断や疾病管理をさらに向上させるでしょう。
タフレシ:AIを活用したOCTを眼科医療以外にも拡大することは、医療にとって大きな飛躍となります。非侵襲的で拡張性があり、治療範囲拡大と診断の可能性という点で、集団レベルの血液スクリーニングや遺伝子スクリーニングに匹敵するか、それを上回る可能性さえあるのです。
アブラモフ:眼科医療の枠を超え、一般医療が網膜OCT 画像の最大の市場になると思います。それでも、眼科医療の専門家による疾患管理が重要な入口であり続けるでしょう。
フジモト:アブラモフ博士は糖尿病網膜症を診断するために、FDAが承認した最初の自律型AI網膜画像診断の開発を主導しました。それが医療費を削減できることをどのように実証したのですか?
アブラモフ:糖尿病網膜症を適切な段階で治療することで治療効果が改善するという、数十年にわたる臨床的根拠を示しました。そのおかげで、自律型AIが正確かつ効率的に、低コストで診断を行い、最終的に患者にとってより良い治療結果をもたらすことを(無作為化比較試験で)証明するだけでした。
フジモト:神経障害や腎障害など、糖尿病による全身合併症の測定は特に困難でしょう。
アブラモフ:糖尿病患者が最も恐れるのは失明です。検査をして失明の可能性がある病気だと告げれば、生活習慣が改善され腎臓病が軽快したという研究があります。
タフレシ:眼科医療を受けていない人も含めたすべての人が、健康状態のモニタリングと予防的なケアのためにOCT 検査を継続的に受けられるようにする必要があります。OCTは、脳や心臓、血管の状態をミクロン単位で観察できる非侵襲的手段です。毎年の健康診断が一般的に行われる日本では、OCTを血圧測定のように簡単な検査として組み込めるでしょう。これにより、医療や研究に役立つ貴重なデータが蓄積され、日本だけでなく世界の人々 の健康管理に貢献できる可能性があります。
高橋:診断AIを使えば、網膜疾患や脈絡膜の状態、さらには加齢に伴う変化など、1回のOCTスキャンで多くのことが分かります。眼から得られる膨大な情報を解釈する方法を拡大すれば、幅広い全身疾患に対する見識を得 ることになるでしょう。
タフレシ:同感です。健康診断を実施して、何らかの異常が見つかった場合、適切な専門家(眼科医、心臓専門医、腎臓専門医など)に紹介する統合された仕組みが必要です。AIとOCTを組み合わせ、日常的にデータを集め、必要なときに迅速かつ的確に専門医の紹介が可能です。病気の早期発見・対応がより現実的なものになります。
フジモト:AIによるトリアージと医師の紹介が鍵です。FDAや規制当局はAI診断に関して厳しいですが、このAI技術は事前スクリーニングに適しており、どの人が詳しい検査や診察を受けるべきかを見極めるのに役立ちます。多くの人に早期の医療アクセスを可能とし、医療への“入口” を大きく広げることができるのです。

― 早期の社会実装のためになすべきこと
フジモト:直面する課題の一つは、感度(検査で病気を見逃さない力)と特異度(間違って病気と判断しない力)のバランスです。特異度が低すぎると、偽陽性で医療システムを圧迫し、不必要なコストと負担を招きます。
タフレシ:重要なのは縦断的な検診です。AIとOCTを組み合わせ、数カ月ごとにスキャンを実施すれば、経時的に意味のある変化を特定でき、偽陽性を減らせるでしょう。
フジモト:緑内障は不可逆的な失明の主な原因ですが、地域や人種などのばらつきがあるため早期発見が難しい。しかし、個々人の経時的変化を追跡することで、病気が進行する前に発見することができます。頻繁な画像診断が不可欠です。
アブラモフ:OCT 採用のカギは、説得力のある臨床における改善事例、つまり既存の方法より優れた治療結果をもたらし、多くの人に提供できる症例があるかにかかっています。例えば、アルツハイマー病であれば、OCTは記憶力テストより早く、確実に異常の兆候を発見できますが、記憶力テストの方が安価です。OCTを実証するには、誰かがリスクを負ってデータを集め、その価値を証明する必要があります。
タフレシ:コストは依然として障壁です。予防医療に焦点を当てた低コストのOCTスクリーニング・サービスを作っては? 病院の外来だけでなく、小売店や眼鏡店、地域のクリニックなど、気軽に立ち寄れる場所でOCT 検査を受けられたら、多くの人がこの技術にアクセスでき、システム導入効果や投資価値も高まります。
高橋:学校や企業が従業員や学生のためにOCTルームを設置すれば、日常的な健康管理を促進することができ、組織と個人の双方に利益をもたらすでしょう。
高橋:学校や企業が従業員や学生のためにOCTルームを設置すれば、日常的な健康管理を促進することができ、組織と個人の双方に利益をもたらすでしょう。
フジモト:OCTは眼の状態を詳細かつ定量的に教えてくれる優れた技術ですが、これまでは医師などの専門家が画像を読影して判断する必要があり、普及の妨げとなっていました。もしAIが時系列データを現実的な精度の感度と特異度で判断できるようになれば、より多くの場面で活用できるようになるでしょう。
アブラモフ:AIはすでに網膜眼底画像から様々なバイオマーカーを検出し、定量化が可能です。大切なのは、その人自身の変化を時間を追って見ること。個人差があっても正確に異常を見つけられます。
タフレシ:一般検診の眼底画像をはじめ、モニタリングや予後予測のためのOCT、さらには臨床データや治療結果データを組み込んだベンチマーク・データベースを構築すべきです。これはAIを活用したスクリーニングと病気の管理を、より多くの人に向けて効率よく行える仕組みの土台となります。
アブラモフ:その通りです。私はOCTが大好きですが、検査に使用している波長の制限から、眼底画像のような血液を含む構造の可視化はできない。だから、眼底画像は非常に価値があります。一部の機器ではOCTと眼底画像の撮影を同時に実施できます。これはとても画期的です。
タフレシ:AIは急速に進化しています。今後3 〜 5 年のうちに、眼底画像で生じた流れに乗じてOCTのサービスを展開しなければ、勢いを失う危険があります。規制当局、保険事業者、医療従事者、そして技術開発を担う企業は、同じ目標に向かって足並みを揃えるときです。今は競争している場合ではありません。
アブラモフ:今、この間にも患者は視力を失い、悪化しています。米国の保険事業者やFDAを巻き込むためには、関係者の連携が不可欠です。協力体制を構築するには、リスクを負い、説得力あるデータを提示して推進する必要があるのです。
フジモト:OCTは眼を通して糖尿病やその他の自覚症状がない全身疾患を、眼を通して発見できます。OCTは、現在の医療をさらに前進させる強力なツールです。課題は、かかりつけ医による医療で活用できるか、そして、それを支える持続可能なビジネスモデルを構築できるかです。成功の鍵は、どれくらい人数を検査すれば、本当に治療が必要な人を見つけられるかにかかっています。私はOCTに大きな可能性を感じています。
アブラモフ:より良い結果を示せば、私はそれを保険事業者のもとに持っていきます。タフレシ氏と彼のチームは素晴らしい仕事をしています。できる限りその努力を支援する用意があります。
タフレシ:取引成立ですね。
― 若い研究者へのエール
高橋:研究活動は臨床の技術や知識を高めてくれますし、逆も成り立ちます。研究と臨床には相乗効果があり、一緒に研究している若い同僚には、眼科医や他の研究者と協力するよう強く勧めています。
タフレシ:「データは王様」であり、その影響力は増すばかりです。米国では、特に視力矯正のために、早くから頻繁に眼科を受診します。OCT 検査によって得られるデータは、世界でも最も情報量が豊富でありながら、まだ十分に活用されていない医療データのひとつとなっています。私は次の世代に、眼科OCTを強力な研究フロンティアとして探求することを勧めたいと思います。
アブラモフ:OCT 画像は、他の方法ではほとんど実現できない、かつてない非侵襲的な脳へのアクセス手法です。また、驚くほど患者に優しいのです。この分野に参入する若手研究者は、何百万人もの人々の健康に有意義な貢献をすることができます。これは、全面的に関わっていくべき価値のある挑戦であると思います。
フジモト:科学や臨床の進歩は、決して一つの分野だけで成し遂げられません。前進には医学、工学、データサイエンス、ビジネス、政策にまたがる学際的なチームワークと、これらすべての領域にわたる協力、相互理解が必要です。この規模の投資には、勇気と信念の両方が求められます。しかし、この分野に情熱を持った人々は努力を惜しみません。そして歴史が示すように、本当の進歩は常に、目標を信じて行動した人たちによって実現されてきたのです。







