※受賞者・ご来賓の所属・役職・プロフィール内容は受賞当時のものです。
2023年本田賞 業績解説
永久磁石は落雷から生まれた
永久磁石とは外部からのエネルギー供給なしで、その外側に一定の磁界を発生させ続ける磁石のことです。対する電磁石は電流が供給されている時だけ磁界を発生させます。電流の強さによって磁力が、電流の向きによって磁極が変化します。
永久磁石の歴史は紀元前まで遡り、最初は落雷によって磁力を持った磁鉄鉱を方位磁石として用いたのが始まりとされています。しかし人工的な永久磁石の誕生からはまだ 100年と少しです。1917年、住友鋳鋼所(住友金属工業の前身)・住友吉左衛門氏の支援を受けた東北帝国大学(当時)の本多光太郎氏らによって「KS鋼」が発明されました。そしてこれが、最強の磁石を求めて現在まで続く永久磁石開発の幕開けとなったのです。
では永久磁石の強さはどのように表わされるのでしょうか。磁石の持つ「残留磁束密度(Br)」、「保磁力(Hc)」、「最大エネルギー積((BH)max)」の3つを磁気特性と呼び、これらの数値が磁石の強さに関係しています。なかでも永久磁石が内部に蓄えているエネルギーを表す「最大エネルギー積」は最も重要視され、この値をいかに大きくするかに研究者たちはしのぎを削ってきました。
一時代を牽引したサマコバ磁石
もう一つのグループがフェライト(酸化物)磁石です。1932年に東京工業大学の加藤与五郎、武井武両氏によってフェライト磁性材料が発見されたのが始まりでした。フェライト磁石は酸化鉄を原料に安価に生産できる上、腐食にも高温にも強いため世界中で広く使われています。
1966年には米軍航空研究所の二人の研究者によって、希土類(レアアース)とコバルトの化合物に高いポテンシャルがあることが示されました。1960年代末から1970年代にかけては希土類磁石、特にサマリウム・コバルト磁石(サマコバ磁石)の開発競争が激化します。サマコバ磁石はそれまでなかった高いエネルギー積を実現し、ポータブルカセットプレイヤーの普及を後押ししたのです。
鉄を使った永久磁石製造への挑戦
ネオジム磁石の開発者の一人、佐川博士も当初はサマコバ磁石の改良に携わっていました。その過程で「鉄をベースに強い磁石ができないか」と考え始めます。原子半径の小さい物質をはさんで鉄同士の原子間距離を広げればよいのではないかと推論し、炭素やボロンを添加しさまざまな組成の合金をつくって実験した結果、ネオジム・鉄・ボロンの組み合わせが高い磁力を生みだすことを確信します。さらに製造条件にも踏み込んで「焼結法」を確立しました。現在も電気自動車や風力発電のモーター等に使われています。
一方、ゼネラルモーターズ研究所で高性能・低コストの永久磁石開発に取り組んでいたクロート博士は1982年、希少なコバルトに代わって豊富に存在する希土類ネオジムやプラセオジムと鉄の合金を用いた研究中に、ネオジム・鉄・ボロンの3元金属間化合物相(Nd2-Fe14-B)を見出しました。そして「液体急冷法」を確立し、ボンド磁石製造への道筋をつけました。複雑な形状に成形できるボンド磁石は精密機械分野で幅広く使われています。
両博士は1983年ピッツバーグで開催された国際会議において、佐川博士は焼結法の論文を、クロート博士は液体急冷法を紹介し、初めてお互いを知ることになります。その後もそれぞれが製造過程に深く関わりながらネオジム磁石の量産に寄与。ネオジム磁石が HVに不可欠の存在となるなか、佐川博士は大同特殊鋼株式会社の顧問として、高温性能を保持するのに必要な重希土類・ディスプロシウム無添加のネオジム磁石を開発しました。クロート博士は研究から退いたのちも、大同特殊鋼の入山博士が 1987年に発明したサマリウム-鉄-窒素磁石についてアドバイスを行なっています。
今後は地球環境問題や原材料調達のリスクなども考慮に入れつつ、永久磁石はさらに改良と進化を重ねていくことでしょう。